あおさの前田さんに会いにゆきました。

前田水産の前田さん夫妻
前田水産の前田やす子さんと和昭さん。笑顔の絶えない夫婦だ。

やるんだなぁ、と思った。止めても聞くような人じゃないから

水俣にもあおさがある

熱いお味噌汁に、手でちぎったあおさを入れる。湯気とともにお椀から「フワッ」と広がる磯の香りと、目にも美しい濃い緑色。しゃきっとした歯ごたえが食欲をさらにかきたてる……。

海の街に春を告げる風物詩、あおさ。ここ水俣でも、水俣湾に浮かぶ恋路島のすぐそばで4年前からあおさの養殖がスタートしました。水俣産のあおさがないだろうかと探す中で出会ったのが、真牡蠣の養殖やちりめん漁も精力的に行い、水俣の漁業界を引っ張る前田水産でした。
今回、ガイアで前田さんのあおさを取り扱うにあたって、奥様のやす子さんにお話を伺いました。

オサ(あおさ)がいっちばん大変!

元気ではつらつとした印象のやす子さんは、開口一番にこうおっしゃいます。
やす子さんによれば、あおさはほとんどが手作業。なので、機械を使うちりめんなどの作業に比べてとても時間がかかるとのこと。さらに1~2月の一番寒い時期に、朝早くから収穫作業のためにウェットスーツを着て海に入るので、体には相当応えます。海での作業はもっぱら息子さんに任せますが、少しでも仕事が楽になるよう、気づいたことはどんどん試してみるそうです。
収穫したあおさは海で洗ってから陸にあげて、真水で再び洗います。前田さんのところは水が豊富にあるので、ゴミを取るために何度も機械で洗うそうです。あまりにもきれいに洗うので、ご主人の和昭さんが「人んとは食べられんよね(他の人のは食べられないよね)」と話すこともあったとか。

紆余曲折を経て、再び海へ。

前田水産は親の代から続く、水俣に古くからある網元の一つでした。しかし昭和49年、水俣湾埋立工事のために、漁業を辞めざるをえなくなります。和昭さんは仕切り網設置の仕事に、やす子さんは捕獲網に入った汚染魚をさばいて水銀値を測る仕事につきました。
「もったいなかね~、ち思いながらも捨てよったよ」と、やす子さん。多いときには100キロ近く獲れることもある捕獲網の汚染魚は、スズキ・チヌ・メバル・アジなど、現在ではなかなか獲れない高級魚ばかりでした。

その後サラリーマンを経て、和昭さんは平成3年に再び漁業を始めることを決意しました。不安はあったけれど腹を括ったやす子さんは、その時のことを「やるんだなぁ、と思った。止めても聞くような人じゃないから」と振り返ります。
ある日、ちょっとした行き違いでちりめんを扱ってもらえなくなる事件が発生。その悔しさをバネに、やす子さんは自分のちりめん工場を持つことにしました。ちりめん漁が軌道に乗ったことで、前田水産もこの25年を生き抜いてきました。

水俣の海はいま。

今、水俣の海は再生したと言われています。しかしそれは、汚染される前の姿に戻ったということではないようです。
やす子さんと話す中で、「水俣の海はきれいすぎる」という言葉が耳に残りました。浄化装置が発達しすぎたためなのか、護岸工事が進んだことで山からの水が入ってきづらくなっているのか、考えられる原因は様々です。それでも、透き通る海より青黒い海の方が、魚にとっては良い海なんだというのは、漁師としての実感だと思います。

今回、前田さんのあおさと出会って、これからの水俣の海を見つめ続ける機会をいただきました。
「きれいな海」から「豊かな海」を目指して、私たちができることは何か、考え続けます。

(文=高倉鼓子)